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ブログタイトルの由来

【2010年02月01日 00:11】

 
さて、ブログタイトル「花に咲れて尚古し」ですが、土方さんが京に上る前に自ら自分の作品をまとめた豊玉発句集の中にある一句の一部。 

 

我年(わがとし)も花に咲れて尚(なほ)古し


という一句から拝借しました。

 

年が明けて「あ~またひとつ年をとったな」と思っていたら、もう桜が咲く時期になっていて、そんな感慨もなくなってしまった。

と、いうような意味らしいです。

 

薄桜鬼の土方さんの場合、時が経つのが早く感じるのは辛いことでもあるのではないかなぁ、と。

時が経つのが早いということは、普通の人より早いであろう最期の時も迫ってきてるような気持ちになっているのでは。

 

年が明けたとき、春になれば新政府軍が攻めてくる。

羅刹になってしまって先が限られてしまった身。

自分には戦って死ぬことだけが残された唯一の道、という思いがあった明治二年の年明け。

 

だが函館戦争は終わり、美しい桜を眺め、千鶴がそばにいて、穏やかな日常・・・

最期の時を考えるよりも、日々を充実させようと静かに思ってたんじゃないかと。

 

咲き誇る桜を見上げ、そして寄り添う千鶴のぬくもりを感じ、“死”ばかりを意識していた頃が遠い昔のように思ったんじゃないかと。

 

あ、千鶴とハッピーエンドの場合ね。

 

で、この句がそんな薄桜鬼の土方さんになんとなくリンクするなぁ、なんて思って。

 

 

歳三さんの句は、世間では下手っぴだなんて言われてますが(笑)、私は好きです。

 

可愛げがあってイイじゃないですか~。

これで句まで完璧だったら恐ろしすぎて、それこそ近寄れません!

 

て、近寄りたくても近寄れないけど。むか~しの人だし(笑)

 

人間、愛嬌も必要なんです。隙も必要なんです。

 

“鬼”とまで言われた人が垣間見せるキュートな部分。

それが豊玉発句集(笑)

 

土方さんのその“隙”の部分までが、実は巧妙に計算された“隙”だったりして?!(え)

 

あ、それは捻くれて考えすぎね。

かなり病んでます。好き過ぎて(笑)

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